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日本最古の蒸留酒・泡盛の歴史

泡盛のルーツ

琉球と中国の間で長く続いた朝貢貿易に用いられた進貢船の図。(沖縄県立博物館蔵)

ひと昔前まで、「泡盛のルーツはタイである。15世紀ごろに沖縄にその製法が伝わった」という説が一般的でした。これは、沖縄の歴史研究家である東恩納寛惇氏(1882~1963)が、1933(昭和8)年にタイを訪れ、地酒であるラオ・ロンを飲んで、泡盛とまったく同じだ」と、翌年「泡盛雑考」を発表したことが端緒になっているようです。
しかし、15世紀ごろの琉球はタイのほかにも東南アジア諸国との交易も行っており、マラッカ産の酒を琉球の商人が大量に購入していたという見聞録もあることから、「泡盛の文化誌」の著者、萩尾俊章氏は、「タイのラオ・ロン起源説は、むしろ広く東南アジアルートとして考えるのが妥当だろう」と語っています。

さらに、1990年代に新たに注目を集めたのが、中国・福建ルート説です。これは、1993年に沖縄タイムス社の多和田真助氏ほか、6人のメンバーが泡盛のルーツを求めてアジア各国で行った調査がきっかけとなりました。
この調査では、琉球王朝時代に交易で互いに密接に行き来していた福建を中心とする中国西南地域にも米を原料にする酒造りが行われていること、福建・福州には、沖縄を始め、アジア各国に見られる「泡を持って酒の出来を判断する習慣」が見られたこと、蒸留する段階で、初留、中留、後留に分類するなど泡盛との類似性が見られることなどが分かっています。
このことから、14世紀以降中国と親しく交易してきた琉球の歴史の中で、酒造りの技法も伝わったであろうと推測されるとしたのです。

また、中国・福建ルート説は、これまでのタイ源流説を否定するものではないとも、萩尾俊章氏は語っています。
「タイやマラッカなど東南アジアから蒸留酒が伝来したことも事実なら、福建ルートからも蒸留酒が渡ってきたのも十分に考えられる。蒸留酒の伝来は多面的かつ重層的である」
東南アジアルート、福建ルート、この2つの道を通って、琉球に蒸留酒を造る技術は伝わってきたと、現在では考えられています。

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